秋の江戸城探索13~憲政会館~
2007-01-30 17:00:00桜田門から少し歩くと「憲政記念館」があります。
ここらへんに、先ほどの桜田門で殺された「井伊直弼屋敷跡の碑」があるはずなのですが見つかりませんでした…。すっごい時間を掛けて探したのに…無念です。この「憲政記念館」その昔は武家屋敷で、井伊直弼をはじめ、江戸城を建築した太田道灌や豊臣秀吉の家臣として知られる加藤清正など、多くの歴史上有名人が住んでいたそうです。現在は永田町一丁目1だそうです。
上が井伊直弼屋敷があったころの地図。下は最近の永田町付近。
そしてここは、全国の水準原点だそうです。左側が「日本水準原点標庫」で右側が「水準点」です。
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~説明板より~
日本水準原点は、全国の土地の標高を決める基になるもので、明治24年5月国がここに設けたものです。
水準原点の壱は、この建物の中にある台石に取り付けられた水晶版の目盛りの零線の中心で、その標高は24.4140メートルと定められています。この値は明治6年から長期になたる東京湾の潮位観測による平均海面から求めたものです。 建設省国土地理院
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~もう一つの説明板より~
東京都指定有形文化財(建造物)「日本水準原点標庫」
日本全国の統一された標高決定のための基準として、明治24年(1891)五月に水準原点として創設されたが、この建物はその水準原点標を保護するために建築されたものである。設計者は工部大学校第一期生の佐立七次郎(1756~1922)。建物は石造で平屋建。建築面積は十四・九三㎡で、軒高三・七五m、総高四・三㎡。正面のプロポーションは柱廊とその上部のエンタープラチュア(帯状部)とペディメント(三角妻壁)のレリーフの装飾で特徴付けられる。
日本水準原点標庫は石造による小規模な作品であるが、ローマ風神殿建築に倣い、トスカーナ式オーダー(配列形式)をもつ本格的な模範建築で、明治期の数少ない近代洋風建築として建築史上貴重である。 東京都教育委員会
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ひっそりとした場所にあるので、なんて無意味に素晴らしい建物に思えてしまいます。この「水準点」の碑はもっと寂しいところにあったので、本当にその碑なのかが気になるところです。
Category : 永田町
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