日本国道路元標と江戸時代から続く三越 | Main | 波乱万丈伝:名水白木屋の井戸と今はなき白木屋デパート

「江戸日本橋ドリーム」見事に崩れる

2006-11-08 17:00:00 Category : 日本橋

 
ぐるっと戻ってきて、ふとんでおなじみの西川発見。
近江八幡町に本店を構えながら、豊臣秀吉氏が滅亡した「大坂夏の陣」があった元和1年(1615)に江戸・日本橋一丁目に進出して、今年で創業440年だそうです。
寛永年間、2代目甚五郎がデザインした、萌黄色に染めて紅布の縁を付けた「近江蚊帳」を販売して人気を博したり、江戸町奉行に蚊帳問屋に指定されたりと、江戸の文化にしっかりと歴史を残していました。
「ふとんの西川」と言うくらいなので、ふとんの歴史が長いのかと思いきや、ふとんの販売を始めたのは明治時代になってからだそうです。
 
 
ふとんの西川の向かいに日本橋一丁目の標識が。
そして、その先には?
 
 
日本橋。キターーー!
 

日本橋。ドドーン。なんだか力強~い感じ。
 

 
にほんばし!ババーン(しつこい)。
ああ、これが日本橋かぁ~とか思っていた私にショッキングな話が。。
 
 
 
こちら、日本橋・日本橋由来記。

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~由来記より~
 日本橋がはじめて架けられたのは徳川家康が幕府を開いた慶長8年(1603)と伝えられています。幕府は東海道をはじめとする五街道の起点を日本橋とし、重要な水路であった日本橋川と交差する点として江戸経済の中心となっていました。橋詰には高札場があり、魚河岸があったことでも有名です。幕末の様子は、安藤広重の錦絵でも知られています。
 現在の日本橋は東京市により、石造二連アーチの道路橋として明治44年(1911)に完成しました。橋銘は第十五代将軍徳川慶喜の筆によるもので、青銅の照明灯装飾品の麒麟は東京市の繁栄を、獅子は守護を表しています。橋の中央にある日本国道路元標は、昭和42(1967)年に都電の廃止に伴い道路整備が行われたのを契機に、同47(1972)年に柱からプレートに変更されました。プレートの文字は当時の総理大臣佐藤栄作の筆によるものです。
 平成10(1998)年に照明灯装飾品の修復が行われ、同11年(1999)五月には国の重要文化財に指定されました。装飾品の旧部品の一部は中央区が寄贈を受け、大切に保管しています。
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あらら、江戸時代に出来た建造物ではないようだ。
そりゃそうだ、今この時代まで江戸時代に作られている橋が残っていても、車が渡れないもんなぁ。
もう1つショッキングな光景が…。
 
 
なにこの突き抜けない感。
『富嶽三十六景』もあったもんじゃない!
首都高に覆われて、景色もなにもないですね。
北斎もガッカリだよ。
『富嶽三十六景 江戸日本橋』の夢、破れたり。

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